東南アジア出張記No.300

2018/02/19 (08:23)

 前回カウントを間違えて、本来ならば、前回はNo.299でした。結果、今回が記念すべき300回目のブログアップです。何時から始めたのか定かではありませんが、我ながら、よく今回まで書き続けてきたものだと思います。よく書いても、週1のペースで、時々2週間とか、それ以上飛ばした事も有るので、既に5年以上でしょうか?これからいつまで続けて行けるやら。本当の意味での仕事での出張は、これからは、次世代に譲り、小生は、出来るだけ口を挟まないようにと思っていますので、今後は少なくなると思います。其れよりか、今後は、体力のあるうちに、余り行った経験のないヨーロッパを中心に、旅行してみたいものだと思います。考えてみれば、小生が、初めて東南アジアに足を踏み入れたのが1974年。其れも、たまたま前年に、卒業旅行でヨーロッパに行き、パスポートを(当時は5年)持っていたので、急遽取引先の社長のかばん持ちを命じられ、大阪、伊丹空港からマレーシアのクアラルンプールへと、社長の後を追って、一人で飛んで行ったのが初めでした。言葉もろくに喋れず、当時は、丁度日本赤軍が、クアラルンプールで事件を起こした直後で、マレーシア入国時も、その後、かばん持ちで、インドネシア、シンガポールと回ったのですが、入国するたびに、小生だけチェックが厳しく、呼び止められて、質問攻めに有ったのが記憶に残っています。マレーシアに着くなり、とある商社の人が迎えてくれ、「マレーシアの後、インドネシアに行く事位なった為、今から、大使館に行き、VISAWO取りなさい」と言われ、翌日には、その社長が、マレー半島の東海岸でゴルフをしているので、タクシーで駆けつけるようにとの伝言。大使館でパスポートを受け取り、一人タクシーをチャーターして向かったのを覚えています。当時は、現在のように高速道路も無く、何時間かかったかは覚えていませんが、指定されたゴルフ場へ到着すると、社長たちは既にゴルフを終えて、待っている状況で、すごく怒られたのを覚えています。其れからと言うもの、現在に至るまで、待ち合わせには、前もって到着するように心がけています。良い習慣を身につけさせて頂いたと、既に亡くなられてはいますが、未だに感謝しています。その時の出張で、後半は、スマトラ島のメダンに渡り、トバ湖まで足を延ばし、最後はシンガポールだったです。当時のシンガポールは、未だマレー連邦の一つで、通貨はSドルとして有りましたが、マレードルとは、粗同値だったと記憶しています。その時の小生の仕事は、毎朝社長が、ミーティングを兼ねて、部屋食を採られるのでその食事の手配と、会社に電話されるのを、オペレーターを通じて、手配するのが仕事でしたね~! 当時は、勿論直通電話なども無く、全てオペレーターを通して、海外通話を申し込む方式でした。2週間程度の旅行でしたが、目にする物全てが初めての経験で、その前の年に行ったイギリスやアメリカとは、全く違った光景で、その経験が、東南アジアに興味を待たせる結果になったと思います。

次回から、その後の出張を思い出しながら、少しづつ綴って行こうと思います。

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